Abstract
本発表では、北部オーストラリア・アボリジナルの伝統楽器であるディジュリドゥを学ぶ日本人奏者を中心とした民族誌を、黎明期から現在までの 20 有余年の変遷として報告するとともに、自身がディジュリドゥ音楽と楽器演奏を知る者としての自叙伝を通じ、その変遷の起因となる演奏方法の理解と不調和を考察する。事例として、日本でディジュリドゥの演奏が一般化した 1990年代を出発点とし、2000 年代初期にトラディショナルと呼ばれる伝統的ディジュリドゥの演奏を模索する奏者が代表を務める 3 つの法人とその活動を分岐点、そして 2022 年以降に開催が始まった「短いディジュリドゥ
展」を合流点とする。
日本におけるディジュリドゥの黎明期において特筆すべきは、演奏方法の二分化である。一般的にディジュリドゥが広まり始めた 1990 年代当初、コンテンポラリーと呼ばれる、北オーストラリア・アボリジナル音楽とは繋がりのない、瞑想や他の民族楽器と共演する現代奏法が主流であった。これに対して、2000 年頃からは、北部アボリジナルがソングラインの伴奏奏法として完成させた、トラディショナルを学び、これを再現しようとする演奏家が登場し始める(松山:2016)。伝統曲の理解を深め、演奏技術を磨こうとする日本人奏者は、アボリジナルの土地で開催されるフェスティバルや個人的なつながりを通じ、小集団で現地を定期的に訪問し、独自
の研究と実践を何年ものあいだ、追求し続けることになる。当時、法人として活動を始めた、関西を拠点とするAvalon Spiral(大阪府)、Earth Tube(兵庫県)、そして関東を拠点とする Dinkum Japan(東京)は、オーストラリアから輸入したディジュリドゥ音源と楽器の販売、トラディショナルの独自解釈と、その奏法を伝播する個々の発信源となった。黎明期から 20 年以上が経過した2020 年代に入り、次の世代を牽引する Liya Yidaki Djapang(関西)や北陸イダキミーティングの隆興によって、日本におけるトラディショナルシーンは更なる細分化の様子を見せる。それと同時に、関西を拠点とする
Avalon Spiral と Earth Tube が合流し、「短いディジュリドゥ展」と題した、西アーネムランドを出生とするマーゴの再活性とアボリジナル・アーティストおよび、コミュニティー支援を主目的とする動きが始まる。
変遷の背景には民族誌的記述では捉えることのできない、トラディショナルの再現を試みる奏者の喜びと、苦難が観察される。それは、黎明期から 20 年以上が経過する 2024 年、未だ日本のトラディショナル演奏は成熟期を迎えていないことに起因するのかもしれない。アボリジナルが如何にディジュリドゥを演奏し、ソングラインの伴奏を行うのか、つまり、実践としての知識の必要性を演奏者として痛烈に感じた私は、アボリジナル奏者から直接学びを受けるために、黎明期の終わりに渡豪を決断した。西アーネムランドの最西部に位置するGunbalanya にて、直接指導を受けた際、今現在も私を捕まえて離さない金言を渡されたのである-You gotta
speak my lingo before playing didgeridoo。その教訓を解釈できぬまま、アポレティック(探求におけるパラドックス的行き詰まりに当惑した状態)なディジュリドゥ音楽と演奏を知る者としてアボリジナル言語を学び始め(Hayashi & Verran:2023)、音楽民族学者が演奏技術について、「吹く」や「唇を震わせる」(Johns:1960;Moyle:1962-1963)といった、一般的に広く受け入れられている演奏方法からの脱却を試みた。
東アーネムランドの伝統的地主であるヨォルングは、ディジュリドゥを「演奏する」に相当する動詞を「話す」と表現する。息を楽器に吹き込むのではなく、口歌をディジュリドゥの鳴らし口から、話し込むことによって、北部オーストラリア各地域に特異な言語音が楽器内で共鳴し、トラディショナル独特の音の揺らぎが生まれる。力強い歯間音と反り舌音を特徴とする東アーネムランド地域、軟口蓋鼻音に特色のある西アーネムランド地域がまさにそれである。日本のトラディショナルシーンにおいて、北部アボリジナル言語音の習得を演奏のスタートラインとすることが求められるのだが、2024 年現在、それを実践する演奏者の数が未だ少数であり、大半
の奏者がディジュリドゥを「吹き」続けることで、実現しない音の再現に苦悩するが故に、トラディショナル演奏の解釈が流動的に多様化し、集団の細分化と同時に合流が起こっていると考察する。
展」を合流点とする。
日本におけるディジュリドゥの黎明期において特筆すべきは、演奏方法の二分化である。一般的にディジュリドゥが広まり始めた 1990 年代当初、コンテンポラリーと呼ばれる、北オーストラリア・アボリジナル音楽とは繋がりのない、瞑想や他の民族楽器と共演する現代奏法が主流であった。これに対して、2000 年頃からは、北部アボリジナルがソングラインの伴奏奏法として完成させた、トラディショナルを学び、これを再現しようとする演奏家が登場し始める(松山:2016)。伝統曲の理解を深め、演奏技術を磨こうとする日本人奏者は、アボリジナルの土地で開催されるフェスティバルや個人的なつながりを通じ、小集団で現地を定期的に訪問し、独自
の研究と実践を何年ものあいだ、追求し続けることになる。当時、法人として活動を始めた、関西を拠点とするAvalon Spiral(大阪府)、Earth Tube(兵庫県)、そして関東を拠点とする Dinkum Japan(東京)は、オーストラリアから輸入したディジュリドゥ音源と楽器の販売、トラディショナルの独自解釈と、その奏法を伝播する個々の発信源となった。黎明期から 20 年以上が経過した2020 年代に入り、次の世代を牽引する Liya Yidaki Djapang(関西)や北陸イダキミーティングの隆興によって、日本におけるトラディショナルシーンは更なる細分化の様子を見せる。それと同時に、関西を拠点とする
Avalon Spiral と Earth Tube が合流し、「短いディジュリドゥ展」と題した、西アーネムランドを出生とするマーゴの再活性とアボリジナル・アーティストおよび、コミュニティー支援を主目的とする動きが始まる。
変遷の背景には民族誌的記述では捉えることのできない、トラディショナルの再現を試みる奏者の喜びと、苦難が観察される。それは、黎明期から 20 年以上が経過する 2024 年、未だ日本のトラディショナル演奏は成熟期を迎えていないことに起因するのかもしれない。アボリジナルが如何にディジュリドゥを演奏し、ソングラインの伴奏を行うのか、つまり、実践としての知識の必要性を演奏者として痛烈に感じた私は、アボリジナル奏者から直接学びを受けるために、黎明期の終わりに渡豪を決断した。西アーネムランドの最西部に位置するGunbalanya にて、直接指導を受けた際、今現在も私を捕まえて離さない金言を渡されたのである-You gotta
speak my lingo before playing didgeridoo。その教訓を解釈できぬまま、アポレティック(探求におけるパラドックス的行き詰まりに当惑した状態)なディジュリドゥ音楽と演奏を知る者としてアボリジナル言語を学び始め(Hayashi & Verran:2023)、音楽民族学者が演奏技術について、「吹く」や「唇を震わせる」(Johns:1960;Moyle:1962-1963)といった、一般的に広く受け入れられている演奏方法からの脱却を試みた。
東アーネムランドの伝統的地主であるヨォルングは、ディジュリドゥを「演奏する」に相当する動詞を「話す」と表現する。息を楽器に吹き込むのではなく、口歌をディジュリドゥの鳴らし口から、話し込むことによって、北部オーストラリア各地域に特異な言語音が楽器内で共鳴し、トラディショナル独特の音の揺らぎが生まれる。力強い歯間音と反り舌音を特徴とする東アーネムランド地域、軟口蓋鼻音に特色のある西アーネムランド地域がまさにそれである。日本のトラディショナルシーンにおいて、北部アボリジナル言語音の習得を演奏のスタートラインとすることが求められるのだが、2024 年現在、それを実践する演奏者の数が未だ少数であり、大半
の奏者がディジュリドゥを「吹き」続けることで、実現しない音の再現に苦悩するが故に、トラディショナル演奏の解釈が流動的に多様化し、集団の細分化と同時に合流が起こっていると考察する。
Original language | English |
---|---|
Publication status | Published - 2024 |
Event | The 58th Annual Meeting of the Japanese Society of Cultural Anthropology 日本文化人類学会第58回研究大会 - Hokkaido University, Sapporo, Japan Duration: 15 Jun 2024 → 16 Jun 2024 https://sites.google.com/view/jasca058/home/ |
Conference
Conference | The 58th Annual Meeting of the Japanese Society of Cultural Anthropology 日本文化人類学会第58回研究大会 |
---|---|
Country/Territory | Japan |
City | Sapporo |
Period | 15/06/24 → 16/06/24 |
Internet address |